加藤栄一『時事ロシア語』

加藤栄一『時事ロシア語』

時事ロシア語

時事ロシア語

閑話傍題(アネクドートの小部屋): ロシア語独習者のための質問箱 第2回

「時事ロシア語」についてはいい本だが、単語の和訳で多少疑問のあるものがある。興味のある方は、私のホームページ「ランポポー」の「ロシア語ガイド・通訳・翻訳に役立つ参考書」の最終ページ参照願う。

そろそろこの本に着手しようかと意ってたところだったので、実にいいタイミング。ありがたい。

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116. *時事ロシア語、加藤栄一東洋書店、2008年

初級者が読解力をつけるために最初に読むものとしては最適である。文学と違い、ロシア的なものがあまりないということと、語彙の内容で分からないことがあってもインターネットや新聞などで調べることが可能であるからだ。初級者向けとあるが、読んだ感じでは初級と中級の中間ぐらいである。初級向けというなら、意訳はできるだけ避け、文章の構成が分かりやすいものにした方がよいと思う。しかし、扱っている分野が非常に広いことなど感心させられる。敢えてコメントするなら、

17ページのубедительная победаを「地滑り的勝利」としているが、「確かな勝利」ではないか?

19ページのпредварительные данныеを「これまでのデータ」としているが、предварительный = неокончательный; предшествующий чему-л. основному, главномуという意味だから、「中間データ」とでも訳すべきではないか。

39ページМною был пописан указ.を「私は大統領令に署名したところであります」と現在完了のように訳し、Я подписал указ.の「権威の受動態」としているが、これはおかしい。Я подписал указ.の受動態で結果の存続という意味ならМною подписан указ.となるべきだ。РозентальはСпоравочник по русскому языку Практическая стилистика, ОНИКС, 2008(ロシア語参考書実用文体論)の中で、Мною дано указание. Я дал указание.「私は指示を与えた」という例を挙げて、Я дал указание.に比べてМною дано указание.は文学や実務的発話で用いられ、断定を避け、より表現を和らげる形であると書いている。Мною был подписан указ.というのは動作が発話以前に終了したことを意味するだけで、たった今〜したという意味はない。たんに「私が政令に署名した」という意味であろう。権威の受動態という用語は聞いたことがないが、革命前なら(つまりツァーリの時代なら)мы = я(日本語なら朕とか余)という人称の転用を使うはずだが、民主主義の世の中なので、мнойの古い用法мноюで格式を示しているのかもしれない。

65ページприверженностьをコミットメント(確約)としているが、コミットメントはзаверения(複数)のはず。приверженностьは賛意や支持という意味ではないか。72ページвыделение кредитовを「融資の実施」としているが、間違いとは言わないまでも、学習者向けの参考書なのだから、より正しいвыделение (= предоставление) кредитов「クレジットの供与」とすべきではないか。

89ページразмещение акцииはразмещение акцийのタイプミス

93ページпотребительсткий кредитを「消費性ローン」としているが、「消費者ローン」ではないか。имущественное страхованиеを「物保険」としているが、「対物保険」ではないか。

115ページтуриндустрия「旅行産業」とあるが、「観光業」ではないか。

117ぺージменеджерを「経営者」としているが、マネージャー(課長、部長)ではないか。

122ページцеллюлозно-бумажная промыщленностьは「セルロース・紙産業」ではなく、紙パルプ工業であろう。инструментыを「測定機器」としているが、「工具」である。測定機器はизмерительные приборыという。

123ページспиртовая промышленностьは「スピリッツ製造業」ではなくて、「アルコール製造業」であり、ликёроводочная промышленностьは、「リキュール製造業」ではなくて、「リキュール・ウオッカ製造業」である。

131ページмногоцелевойは「多用途」と訳すよりは、「多目的」が普通である。

133ページполётная палуба аианосцаを「空母の甲板」としているが、「空母の飛行甲板」である。同様に、(攻撃原潜)は(攻撃型原潜)である。

149ページ「部隊防空兵」とあるが、「防空部隊」ではないか。同じく「水路学部隊」よりは、「水路確保部隊」の方が原文に忠実だし、「掃海部隊」のことではないか?

150ページбытовое преступлениеを「家庭の犯罪」と訳しているが、「日常的犯罪」ではないか。

159ページхулиганствоを「暴力行為」としているが、нарушение правил общественного порядкаということで、反社会行為(公序良俗違反)ということなので、必ずしも暴力行為だけとは限らないはず。痴漢行為や落書きなどもそうではないか。

161ページ「秩序の番人」は直訳すればそうだが、日本語では「法の番人」のほうがよいではないか。

173ページдрагоценные металлыをレアメタルと訳しているが、「貴金属(金、銀、プラチナなどの」が正しい。希少金属レアメタル)はредкие металлыでクロムなどを指す。

177ページ「シャヒード・ベルト」は「自爆ベルト」が普通ではないか。

185ページの「適応停止中」は「適用中止中」のミスタイプ。186ページの「重大な犯罪」は「重罪」でよいのでは。「行政的違法行為」とあるが、「違法な行政行為」が自然ではないか。

187ページの「個人に対する犯罪」は「個人的法益に対する犯罪」、「社会的安全および社会秩序に対する犯罪」は「社会的法益に対する犯罪」、「国家権力に対する犯罪」は「国家的法益に対する犯罪」の方が自然ではないか。

209ページの「非常口」はзапасной выходが一般的。

212ページのпо состоянию наは熟語なのだから、訳例通り「〜現在」とすべきである。

214ぺージの訳例に「3万人」とあるが、более 30 тысяч человекなのだから、「3万人を超える人」などの正確な訳にすべきだ。

219ページの「暑熱」とあるが、「熱波」のほうがよい。

223ページの「休火山」と「死火山」は専門用語として今や使用されていないはず。

233ページのрождаемостьを出生者数としているが、これはколичество рождений за оперделённый промежуток времениをいい、出生率が正しい。смертностьも同様に、количество случаев смерти за какое-л. период времениであるので、「死亡者数」ではなく、「死亡率」が正しい。

244ページвсея Руси の力点の位置が違う。всея Русиのはず。272ページのには力点が訂正されている。

247ページの力点もпатриархияとなっており、патриархияも可とあるが、Словарь трудностей русского языка (Русский язык, 1981) には、потриархия (не патриархия) となっており、Словарь ударений для работников радир и телевидения (Русский язык, 1984) にもпотриархияしか記載がない。

256ページのракета-носительを「ロケット」としているが、「打ち上げロケット」が正しい。

256ページの「ロケットの弾頭部分」はミサイルではないのだから、「ロケットの頭部」とすべきだ。no title